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ベトナムひとり旅 (6) サイゴン川の向こう側

対岸への渡し船乗り場のそばの小さな公園で、ニューランという老舗パン屋で買ったバイン・ミー・ティット (フランスパンを使ったベトナム風サンドイッチ: これについてば後ほど書きたい)にかじりつきながら、サイゴン川の流れと行き交う船を眺めていた。おみやげや地図の売り子に声をかけられるのを無視し、ぼんやりと眺めていた。対岸に渡る渡し船や、何かを運ぶ荷物船が行き来していた。

サイゴン川を岸辺から眺める

ふと、対岸には木々の広がりがあって、高層ビルなどの建造物が全然見えないことに気付いた。「向こう岸は未開拓な感じなのかな?」と気になり始めた。もっと向こう岸がどうなっているのかを見るにはどうすれば考えていると、この辺りにはいくつかの立派なホテルがあるから、高層階にきっとバーやカフェがあるのでは?と思い付いた。

調べてみると、すぐそばのマジェスティックホテルの最上階にバーがあることがわかった。早速、多くの車が行き交う道を渡り、マジェスティックホテルに向かった。バーがあるのは新館で、旧館のエレベータでは行けないためちょっと戸惑ったが、無事に「エム・バー」に着いた。時間は午後4時半だったのでまだ誰もいなくて自由に席を選べる状態だったので、川がよく見えるテラス席の真ん中に陣取った。

Mバーからのサイゴン川の眺め

やはり、対岸には大きな街の広がりはないようである。ちょっとした建物はあるが、多くは緑の広がりである。自分のいるサイドが多くの近代的な建物があるのに対し、はっきりと景観が違う。川の向こう側はまだ本格的な開発が進んでいないようである。

MバーのカクテルMiss Saigon

カクテルMiss Saigonを飲みながら、ぼんやりと景色に見とれていた。

何か印象的な眺めであった。向こう岸の緑も段々となくなってしまうのだろうか? そんなことを考えつつ、カクテルの次にベトナミーズコーヒーも注文し、長居してしまった。川の方角ではなかったけど、夕陽がホーチミンの街の向こうに沈んでいった。とてもゆっくりと贅沢な時間が流れて行った。

Mバーのベトナミーズコーヒー
ベトナミーズコーヒー (カップの上で直接コーヒーが抽出される)

ベトナムひとり旅 (5) 笠と天秤とおばさん

道端にはところどころ露店があり、おばさんが果物を売っている。多くのおばさんは日よけのためにすげ笠をかぶっている。もしかしたら、ベトナムの人の恰好で思い出す人も多いかもしれない。ベトナム土産として買って帰る人もいるだろう。

ノンラーをかぶったおばさんの露店

この笠をベトナム語では「ノンラー」という。田舎の方にいけば違うのかもしれないが、ホーチミン市内でノンラーをかぶっているのは、おばさんばかりである。天秤を型に担いで籠いっぱいのフルーツを満載して歩いているおばさんは大概ノンラーをかぶっている。若い人は誰もかぶっていない。

こういう昔ながらの服装や露店が残っているところが、なんとものどかで味わい深い。急速に発展しているベトナムの中ではこのような光景は失われていくのかもしれない。若い人がかぶらなくなっているということは、時が立てば、誰もかぶっていないことになるということだ。自分としては、ベトナム人は笠をかぶっている勝手なイメージがあったので、それが見られてのはよかった。

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ベトナムひとり旅 (4)  「おにーさん」と彼女は声をかける

私のことを日本人であろうと見当をつけた場合、女性が何かを売ろうとして声を掛けてくる言葉は、
「おにーさーん」
である。

ベンタイン市場 (ホーチミン市の中心にある大きな市場、最近は観光客向けに商売をしているらしい)でアオザイやベトナムコーヒーを売っている女性が、こういって呼び止めてくる。ちょっと微妙である。六本木の夜を歩いている時の雰囲気に似ている。呼びかけた後は、英語やベトナム語に戻ってしまうので、実は「おにーさーん」という言葉だけを知っているのかもしれない。もう少し年配の人にはどう声をかけるのだろうか? 「しゃちょーさーん」だろうか?

歩くのに疲れて、メリン広場のベンチに腰を降ろしている時にも不意に「おにーさーん」と声をかけられた。10メートルくらい離れたところに少女が二人で楽しそうに話していたのだが、不意に大きな声で呼びかけてきたのだ。何かと思って首を傾げて視線を返すと、クーラーボックスを指差しているので、どうやらミネラルウォータとかジュースの類を買ってもらいたいらしい。水の持ち合わせはあったので、「いらないよ」とジェスチャーで返すと、高く上った太陽を指差しパタパタと自分の顔を仰ぐ仕草をする。「暑いから飲み物欲しいでしょ。買ってよー!」ということらしいのだが、なんか微笑ましくて笑ってしまった。メリン広場はそれほど観光ポイントというわけではないので、こんなところで商売になるのかな?と思ったけれど、結局、買ってあげることはしなかった。

考えてみると、ホーチミンの街中ではワゴン形式、クーラーボックスを持った形式など形は様々だけど、道端で飲み物を売っているのを目にする。笠をかぶってアオザイを着た、昔ながらのスタイルをしたおばさんが多いのだけれど、若者も結構売っている。若者と言えば、市場でもたくさん働いていた。女性は売り子として、男性は荷物運びを一生懸命やっていた。何か一生懸命働くベトナムの若者が印象に残った。こういった暑い中で疲れる仕事をする者が日本では減っているので、一種のノスタルジーを感じたのかもしれない。

ベンタイン市場の様子
ベンタイン市場の一コマ

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ジャンル : 旅行

ベトナムひとり旅 (3) 亜熱帯なクリスマスの夜

12/24クリスマスイヴである。

雪は降らないホーチミンの街にもサンタクロース、トナカイ、雪だるまの人形が飾られ、夜の街はイルミネーションに彩られていた。南半球の国における「真夏のクリスマス」の話は聞くが、一応季節は冬だが気温30℃の亜熱帯の街でクリスマスというのは、なんとも不思議な光景であった。

ドンコイ通りのクリスマスイルミネーション
ドンコイ通りのイルミネーション

ホーチミンにはサイゴン大教会 (聖母マリア教会)という立派な教会があるので、きっとそこに行けば何かあるのだろうと、イヴの夕暮れに訪れてみた。そこで見たものは、ものすごい数の人とバイクの川であった。

サイゴン大教会、クリスマスイヴの夜の様子
サイゴン教会の夜の混沌

ミサをやっているので教会に祈りを捧げようとしている人もいたが、何とはなしに広場に座っている若者も多く見られた。イルミネーションが綺麗に輝いていたが、よくわからない讃美歌とは違う音楽が辺りに流れ、非常に混沌とした雰囲気を醸し出していた。

実は午前中も訪れていたのだが、その時は落ち着いた雰囲気を感じる場所だったのだが、夜はえらく違う雰囲気になっていたので、ちょっと戸惑った。クリスマスというと凍える中で街の電飾を見るというイメージだったのだが、汗をかきながら、クラクションと謎の音楽の音を浴びながら、電飾を見ているとと、ロマンチックというよりもディスコの中にいるような気分になった。これまで感じたことのないクリスマスの夜だった。

サイゴン大教会の昼の様子
午前中のサイゴン大教会

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ベトナムひとり旅 (2) バイクの川とクラクションのせせらぎ

ベトナムにはバイクがたくさん走っている。特にホーチミンのような都会ではものすごい数だ。1車線に何台ものバイクが並行して走っている。下手すると反対車線を逆行している場合もある。交差点には信号機がない場合も多いので、「なんとなくうまい具合に」交差していく。そして、誰もが頻繁にクラクションを鳴らす。自分の存在を回りに知らせるという意味も含めて、相当な頻度だ。

だから、ベトナムの街の「音」はバイクのエンジン音と、クラクションの音である。

これらの音は一見のどかな公園に入っても消えることはないし、ホテルの部屋に入ってもうっすらと聞こえている。最初はうるさいと感じたが、不思議なものでそれらの音があるのが当たり前に思えてくる。意外と人間の適応能力は高いというのが感じられた。

ところどころにロータリーがあり、ここでもなんとなくうまく車とバイクが交差していく。良くぶつからないなと思う。

ホーチミンのバイク1 ホーチミンのバイク2 ホーチミンのバイク3

夜はさらに量が増える。空港から送迎してくれて現地の人の説明によると、家にはエアコンがないので、バイクでなんとはなしに走り回るのが涼しくていいのだとか。家族で出かけるものだから、二人乗りは当たり前、三人乗り、四人乗りという状態のものも走っていた。道はバイクの川となっていた。クラクションのせせらぎをまき散らしながら流れていく。

ホーチミンのバイク (夜の様子)

そして、歩行者はこの川を横断するテクニックを必要とする。メジャーな通りには歩行者用信号がついているが、多くの場面では信号なしの横断歩道や、そもそも横断歩道がない道路もたくさんある。バイクは歩行者を優先するわけではないので、待っているだけではいつまでたっても横断できない。

どうするかというと、バイクがやってくる方を軽く見ながら、ゆっくり止まらず一定の速度で歩けばよい。そうするとバイクの方で避けてくれる。躊躇して立ち止まったり、急に早足になると、バイクにとっては予想外の動きになるので、かえって危険なのだそうである。ただし、自動車、トラック、バスは向こうとしてもとっさに避けることができないから、こちらで相応のタイミングを計る必要がある。意外と慣れてしまえばうまく渡れるようになる。夜はバイクの数が多くて緊張感が高まるが、要領としては同じである。通りがうまく渡れるようになると、うまくベトナムのやり方に馴染んだなといううれしい気分になった。

バイクの乗り方や走り方のルールは相当にラフそうである。これでなんとなくうまく行ってしまうことがとてもすごいと思った。事故もそれなりに多いということだが、自分が滞在中にはそれらしいものは見なかった。日本もかつてはこんな感じだったのかもしれない。なんかルールがラフでもうまく行っている状況を見ると社会の勢いを感じてしまう。秩序だったルールができると、いろいろ無駄がなくなるのだろうが、面白みに欠けてくるのかもしれない。目一杯発展を続ける国と、成熟期を迎えている国の差を感じた。でも、そんな発展を続ける国にも順応できそうな自分がいたのもうれしかった (道が渡れただけだけど)。

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